2004年10月23日

新潟地震

さすがに今日はお食事を作る気分にならず、食事に出かけてきて帰ってきてニュースを見てびっくり!

新潟・中越で震度6強3回…というニュースが!
今更ながらびっくりしてしまいました。

私自身、阪神大震災のときに神戸市内中心部に住んでおり、自分のマンションも半壊した経験がありますが、10年たった今でもまだあのときの恐怖は忘れられません。

今回上越新幹線が脱線したり、国道17号のトンネルが崩壊したり、関越自動車道でも道路陥没や隆起が見られて通行止めになったりしていますが、このこと自体ももちろん恐ろしく大変なことですが、余震が頻繁にまだ続いているようですのでこちらもとても心配です。

つまり地震で大きく起こる被害そのものはもちろんですが、余震が続くというのは(たとえこれ自身がなにも被害を起こさなくても)精神的にものすごいダメージを与えられると思います。私も阪神大震災の当時、大きな余震だけでなく、わずかな余震にも過敏に反応し、夜寝ていても気になって起きてしまい、精神的にも肉体的にもかなり参りました。襲ってくる恐怖感はすごいものがありました。現地の方はものすごい不安と戦っていらっしゃると思います。目に見えないものですが、かなりのダメージ(しかも知らず知らずのうちに)のはずです。

私たちも当時日本のいろんな場所からまたアメリカからもいろんな形での励ましや援助を受けて、本当に助けられました。今度はこちらができることがあるのであればなにかしらでもさせて頂こうと思っています。

余談ですが、当時アメリカからの励ましは本当に考えさせられました。当時、個人輸入で取り引きしていた相手の会社からファックス(その当時1995年にはメールでオーダーではなくファックスでオーダーしていました)が届きました。心配しているといけないと思い、無事だと安否を知らせたあとに届いた1枚のファックス…それは次のような内容でした。

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posted by ともとも at 21:49| Comment(7) | TrackBack(9) | 雑記帳 なんでも日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

父の四十九日

今日は父の四十九日の法要でした。朝からどたばた…というか今まで親戚の四十九日は行ったことあれど、自分の家で執り行ったことがないからどうしていいのかわからずオロオロしてばかりでした。9/5に亡くなってから実感が沸いているかというとはっきりいって未だによく分かりません。ただ話をするとまだ涙が出ることがあります。ただこの49日まで早かったような、時間があったような…でも何も出来てない…みたいな状況です。ただ言えるのは時間が経つほど、父の大きさが見えてきたということかもしれません。

朝の10時からお寺さんが来てくださって法要を行い、その後お食事会。こういうときでもないと親戚一同がなかなか集まる機会がないのでいろんな話をしました。おじさんがかなりBSでメジャーリーグを見ていらっしゃる方が多く、旦那ともいろんな話をして盛り上がっていましたが(笑)、父も野球がとにかく大好きだったので、甲子園で初めての北海道の優勝も、イチロー選手の記録も、メジャーリーグも、そして今の日本シリーズもすべて見せたかったな〜としみじみ思います。

今まではアメリカにメジャーリーグを見に行ったときには必ず父にメールをして現地から写真を送ったりしていたのですが、もうそれもできないので、今度からは父の写真をつれていくことにしました。ほぼ1年の闘病生活、調子がよくなったら日本やアメリカの野球のキャンプを見に行こうねと言っていたのに一度も叶うことなかったのは非常に残念ですが、父の分までいろんなことを頑張ろうと思っています。
posted by ともとも at 16:34| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑記帳 なんでも日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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